ツレヅレゲキジョウ

ちょこの日々徒然なブログです。ほとんど日記。我が日常。

アボカドの色

 

食べものの好き嫌いが驚くほど多い。私のことだ。

加えて、気に入ったものならば、ずーっとそればっかりを食べたがる傾向にあるので、気をつけないと、ものすごい偏食になってしまう。

性格に問題もある。「身体にいいから食べてみろ」などと言われることを好まない。ましてや、強く勧められたり、強要されたりすると、大爆発する。過去にあったそれらの経験が、頑なに拒むという頑固姿勢を何十倍にもパワーアップさせてもいる。私のことだ。

だから好き嫌いが直ることはない。そう思っていた。けれどちがった。たぶん、初めて直ったと思う。

 

ねっとりと濃厚な口当たりなのに味がしない。サラダ油を舐めているような感じがする。そう思って拒否していたアボカドを、最近私は食べるようになった。不思議だ。

なんとなく、食べてみてもいいかな、という気持ちが湧き、自らサラダを所望し、作ってもらった。口に入れたアボカドに、以前のような拒否反応は全くなく、さっぱりとしすぎたトマトが許せるくらいに、サラダのグレードをあげていた。

そしてついに今夜は、ネットで見かけた韓国風のサーモンアボカド丼を食べてみたいと思い、所望して、作ってもらった。お刺身に絡んだコチュジャンの赤とアボカドのグリーンが見た目にも麗しく、ピリッと辛い丼が美味しかった。

長年の不仲を経て、私はアボカドと和解した。

 

こうして和解してみると、もしかしたら始めからこうなる運命だったのではないかと思う。好きになることは決まっていたような気がする。

なぜって、アボカドの色が好みだから。熟成度と共に黒くなっていく皮の色ではなく、身のライトグリーンが、私は好きだ。これはそう、大好きなピスタチオの色でもある。好きにならないはずがないと思う。まあ、だいぶ長いこと時間はかかりましたが。

「アボカドを克服したから、次は、しいたけかな」

そんなふうにいう旦那さまに、「ぜったいイヤ」と意思表明をしつつ、確信する。あれはライトグリーンじゃないから無理だ。

そもそも論として、昔からライトグリーンが特別に好きだったわけではない。だから、ピスタチオを好きになって、ライトグリーンも好きになったのだと思う。それから今、アボカドへとつながった。好きになるのには正しい順番というものがあるのだと思う。そして、偉大なのはピスタチオだ、と。

 

ちょうど今、我が家にはピスタチオのお菓子が溢れている。あちこちにある、キレイなライトグリーンを見て、「やっぱアボカドもこの色だよなぁ」と、なぜかニヤニヤが止まらない。

 

 

 

一つ穴パンチでポチポチ

ちょっと面倒だな、という作業が、案外無心になれて心地よかったりする。

一つ穴パンチでポチポチと、60個ほど穴を開けて、そう思った。

本当は40個開ければよかったんだけど、60個開けたからだろうか。

 

 

なんとなくイヤな感じな出来事があって、気持ちを切り替えたくなった。ガツガツ食べたし、ふて寝かっていうくらいたっぷり寝たけれど、効果なし。どこかに出かけるか、と思ったけれど、元来の引きこもり体質なので、外出したからといって気分にプラスになるとは限らない。

そういうときは、なにかを変える、新しくする、が効果的だ。経験則から、日常使いしているなにかに、なにかをしたいなぁと考え、日々の友、無印良品のリフィルノートにマイナーチェンジを加えてみた。

 

半透明の本体と中身のリフィルの間に、かわいい柄の用紙を挟み、中表紙とする。いただいたものの、もったいなくって眺めるだけになっていたレターブックを、ここぞとばかりに初使用。

私のもったいながりもひどいもので、気に入ったものほど使えないことが多かったのだけれど、ここ最近の社会情勢に、ちょっと考え方を改めた。もしもこのまま、使わずに死んでしまったら、それこそもったいないじゃないか、と。

(念のため言い添えておくと、死の予定があるわけではないのだけれど、いつそんなことが起こってもおかしくないよね、今って、と思っている。)

なので、今時点で最も心惹かれるものを、思い切って使ったわよ。

20穴のパンチ後に左右をまちがえていることに気づいて、やり直しをしたのもご愛嬌。やり直しの過程で、「あ、この作業、いいかも」となったので、むしろよかったのかもしれない。いや、まちがえずとも、2枚目に取り掛かったときに気づいたかも?

まあ、いい。とにかくスッキリした。そして手元にはめっちゃ好みなリフィルノートもある。

次はクラフト紙タイプの本体に、ステッカーか、お気に入りのペーパーの切り抜きを貼り付けてみようかしら。

そんなやる気もちょっと出たから、気分転換は成功したようだ。

 

深く考え始めると、転換前の気分と出来事が再度顔を出してしまうので、これで終わりとする。

ちょっとした手作業、面倒でもときどきするといいかもね。

そういえば、梱包材のプチプチを潰すのも好きだった。なんの意味もないけれど、プチプチ音を鳴らして潰してはスッキリしていた。

ポチポチ、プチプチ、そういうものがいいのかもしれない。

 

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ちなみに、レターブックはこれ。

 

 

じわじわ値上げが続いている

 

暗い日記にて失礼。

 

日々のスーパーなどでの購入用にしている電子マネーの減り方で、じわじわ続いている値上げを実感する。

買い物の内容に大きなちがいはないのに、チャージする頻度が増しているから、まちがいない。

家計簿はつけていない。暗算も苦手。だから細かくどれがどのくらいとか、計算しつつ買い物をしたり、記録したりはできていないけれど、電子マネーの減るスピードがじわじわと増しているから、まちがいない。

なんだか不安になる。


不安に対して感じるストレス度合いも増え続けている気がする。

世の中の状況、病気への恐怖、思うままにはできないという閉塞感、なにもできない無力感、仕事、年齢、いろんなことが不安を呼ぶ。

些細なことが気になってストレスに思えるから、最近はどんなちいさなことでも、できる限り遠ざけたり、感じないで済むようにしている。

(パソコンの不調に振り回されたくなくって、パソコン自体をしまってみているのもこの一部だ)

あれの値段が上がる、これの値段も上がる、値上げラッシュが予定されている、そんなニュースも、ちょっと耳にした段階でシャットアウトするように気をつけていた。けれど、実際のお買いものは避けられないから、やっぱりじわじわを感じてしまった。


だいじょうぶかな。

この先、どうなってしまうのだろう。

不安だ。

具体的なこれがって思うころには、どうしようもなくなってしまうんじゃないのかな?


じゃあどうする、そう考えなければいけないのかもしれない。けどそんな気力は湧いてこない。

ならばやはり、遠ざけるか、考えないようにして、乗り切るしか、今日の私にできることはない。


読書に没頭しようか?

ゲームに?

それとも今必要なヒーローについて、妄想をしようか?


誰かがなんとかしてはくれない。

せめて、おなじように、日々の不安を受け流してなんとかしようとしている人に、仲間の存在を発信したいと思う。

これも私の妄想かもしれないけれど。。。

 

 

パソコンの調子で左右されるテンション

ドキッとして、ガッと頭に血が上り、軽くパニックし、その後、ハッとしたが最後、テンションは爆下がり。

今朝、パソコンが異音を発した。

立ち上げて、ツイッターを開いて、1スクロールしたところで、モーター回転音が緊急地震速報レベルの音をあげた。

びっくりした。

思わずパソコンを抑えた。

そんなことでは音は止まず、早朝の静かな室内が異様な雰囲気となる。

ああ、どうしよう。1分くらいだろうか、軽いパニックに陥り、ただただ画面を眺めてしまったけれど、見たところにはなにも異常がないことから少し気持ちが復活し、マウスを動かし(正確にはトラックボールに触れ)、カーソルを動かしてみた。

問題なく動いた。よかった!と、急いでシャットダウンした。

 

電源が切れたのと同時に音も止む。

ふううっ、と胸をなでおろしつつ、ハッとした。

これまさか、電源入らなくなるパターンじゃないよね? 考えてなかった!

もしかして、動いているうちにデータ確保したりすべきだったのでは?

最悪の事態が頭に浮かぶ。

ここ最近にメモしたり、書き進めたりしたものは、すべてデスクトップに保存してある。

ああ、もうダメかも。すべてを失ったかも。ものすごい勢いで、テンションが下がった。

 

もうパソコンには触れずに置こうかな。弱気になるものの、放置して他のことをはじめたとしても、気もそぞろになるのは、まちがいない。

意を決して、電源ボタンを押す。

 

ぶいーん。いつもの起動時の音でパソコンは立ち上がった。

よかった!!!!!

大急ぎでデスクトップにあるあれこれをクラウドストレージにコピーする。

うん、これで一安心だ。

これからは怖い思いをしないように、デスクトップに保存のみっていうのは止めよう。

そんなことを思いつつ、気分を良くした私は、書きものを少々進めた。

 

思い返せば、パソコンの調子が悪くなるたび、いつもテンションを下げ、場合によっては机をひっくり返しそうなくらいに腹を立てたりしている。

備えない自分が一番悪いのだけれど、壊れたり、意識を無くしたりするパソコンに腹を立てている。

一方で、近頃は、知り合う若者、お近づきになる若者、だいたいが、「パソコンは持っていない」、「パソコンを持つ必要性を感じない」とおっしゃる。学校や会社で必要があれば使うけれど、プライベートでは要らない。書きもの創作をしているコでも、そういうコがいる。

 

パソコン無しでもだいじょうぶ。私もそうなれたら、調子が悪くなるたびに気持ちを上下させずに済むのでは?

iPhoneiPadがある。私もこれでなんとかできるのでは?

ちょっと模索してみようと思う。備えあれば憂いなしだ。

 

なんてことを書いていて、パソコンが機嫌を損ねちゃったらどうしよう。

調子よくパチパチと文字を打ちながら、若干下がるテンションであった。

 

(原因はパソコンの調子だけではないのかも)

 

 

迷走中。なにがしたいの?

頭の中がとっちらかっている。

シンプルにしよう、シンプルに暮らそう、としていたはずなのに、変えてみよう、試してみよう、どうしよう、な、あれこれに、収拾がつかなくなり、気づけば前より複雑になっているような気がする。

なにがしたいのだ、私?

 

モノを減らそう。

シンプル化といえばここだ。無理に減らす必要はないけれど、管理が行き届く範囲に、多すぎるもの、不要なものを整理しようと思った。

あわせて、時間の使い方も、あっちこっちに広げた遊びごとも、見直して整理できたらいい。そう思った。

それなのに、なぜかものは増えた気がする。ごちゃごちゃした時間も増え、参考にと買った本や、試しに書き出したメモや、もう、どれがどうだって考えるのが面倒なくらいに、あちこちになっている。

ほんと、どうしたいのだ、私?

 

じっくり考える力が弱っている。

決断力も弱っている。

意欲は減り、成果物はなかなかできあがらず、空回りですらない。

ご時世のせいなのか、ただの怠惰からか、他にも要因があるのか。

 

あー、もーっ!

自分にイライラし、それにも疲れた。

だからちょっと、あんまり考えないでやってみることにしよう。

そう思ったら、今日ちょっと進んだ気がする。

具体的になにかができあがったわけじゃないんだけど、進んだぞって満足感みたいなものがある。

なんだろう。

いや、考えない。あんまり考えないって、するんだった。

そうして、ただの日記も書く。

エッセイを書こうとか、少しでも誰かの役に立とうとか、おもしろいといいなとか、考えずに、ただ書く。

もともと、オチとか、ハウツーとか、なくっても気にしないのだった。ちょっと忘れてたから、それがいけなかったのかも。

いや、これも考えない。

 

あまり考えずに、自然な感じを取り戻そう。

取り戻すって、大げさかな。

なんかもう、なにがしたいのかわからないし、迷走しちゃっているから、なりゆきにまかせるというか、思いつきに従うというか、そんな感じで、ストンと来る場所を探る。

 

ここのところ、みんながんばりすぎだよね。

人に迷惑をかけないように、考えて行動するのだいじだけど、必要のない場所でまで、遠慮したり、気を遣ったり、しなくっていいんだよなぁって思う。

できれば誰かを楽しませたり、役に立ったりできたら嬉しいけれど、できなくったって仕方がない。

あんまり考えず、楽しく。

 

そうだ、日記を書いて気持ちを整理するって、こんな感じだった!

誰かのそういう日記を読むのが、私は好きだ。だからこういう感じでいいのよ、うん。

あれ、考えちゃっているかも?

 

でもまあ、あんまり考えず。楽しく。

今日、1日だし、新月だし、いい日記が書けた気がする。

 

 

なにを今さらと言われるだろうが、まゆげを描いている

いい感じにくたっとしてきたTシャツ。
ダメージ加工されたボトムス。
ちょっとボサッとまとめたラフな髪。
大好きなのに、していられなくなった。している自分が気に入らないからだ。いつのまにか、似合わなくなっていた。

好きなのに、それだけでオッケーとはいかないことが増えている。

ゴワゴワするのがイヤで重ね着を避けると、薄着になって風邪をひく。
そのくせ、一枚でも安心の、ぶ厚いパーカーやコートは、重くって疲れる。
好物のサーモンもチョコレートも、好きなだけ食べると胸焼けするから、ほどほど量しか食べられない。

好きだけど、大好きだけど、それだけでなんとでもなったりはしない。

 

外出の機会が減り、ときどきしかしなくなったお化粧もそうだ。
自分の中の好きな顔になるように施しているというのに、あるとき急に、できあがりが、ぼんやりして見えた。眠そうな顔にも見える。間の抜けた顔にも。
どうしてだろう?
年齢とともに変えていかねばならぬということか?
まあ、それはあるだろうけれど、でも私の顔はそんな大したことをしている化粧ではないのよね。線を足すか、色を付けるかしているだけ。
いや、だからこそ、なのか?

となると、まったく手をつけない、「まゆげ」が理由かもしれない。

なにはともあれ、まゆげだけは描く。
そういう人が多いと思うけれど、私は長らく、まゆげは描いていなかった。
多すぎず、少なすぎず、自然で主張しすぎない姿のまゆげがあったからだ。メイク講座などで顔を貸しても、整えるのみとされてきた。
そんなだから、いざ化粧をする段になっても、まゆげを描こうという気持ちが頭をもたげることはなかった。

それがなぜか、今、まゆげかも、って思うのだから不思議。きっとまゆげなんだろうと思う。いやもうぜったい、まゆげなんだな、という確信すらある。

そうして、まゆげを描いてみた。

あ!
ちゃんと起きている顔になった。
やっぱりか、と思う。
いつのまにか私にも、まゆげを描く必要が発生していたようだ。


このときから毎回、といってもまだ数回だけれど、私はまゆげを描いている。
そうか、これからは、まゆげを描くのか。
これまでしてこなかったことをしなければならないというのは、なんだかくすぐったい。
「あれ?」ってことが増え、変わっていく自分を受け止める、受け入れてうまくやっていく、そういうクエストを受注しているけれど、まゆげもそのうちの一つなのかもしれない。

私は私。誰になにを言われても、まあ、ずっと私だし、いつでも私だ。
年齢を重ねても、年相応にしなくっちゃだなんて、見えないなにかに縛られず、好きなようにする。ここはずっと変わらない。
そんな考えが、ちょっと変わったかも。
今の私は、まゆげを描く。
今の私らしく、今、好きなことを、みたいに、”今”ってことを、未だかつてなく意識している気がする。
わざわざ老け込もうとは思わないし、若々しくいたいけれど、それが今の私に難しいことだったら、へんにこだわらず、今の私が快適なように、今の私の好きなように、今の私らしく。
まあ、まゆげを描いているだけなんですけどね。

さてさて次はなんだろう?
今と、少し先の未来を楽しみに暮らしたい。
まあ、まゆげを描いているだけなんですけどね。

「あれっ?」ってことが増えた。

10月。私にとってまた新たなステージが始まった。
年齢を重ねることでレベルアップ、と言いたいところだけれど、ここ数年、レベルアップなのか、レベルキープなのか、と感じるところがあるので、レベルについては保留し、「また新たなるステージへ突入」と考えるようになった。


そしてステージチェンジのタイミングで、老け込みたいわけではないのだけれど、どうしても年齢について考えてしまう。

「あれっ?」ってことが増えた。

あれっ? もっと食べられるはずなんだけれど。
喜び勇んで訪れた、食べ放題のお店で、二周目に踏み出せず、驚く。
あれっ? 持てると思ったんだけど。
重いのはわかっていた荷物。でもこれまでも時々運んでいたから大丈夫って手をかけて、驚く。
あれっ? 動画通りに身体を動かしているはずが、なにかちがう。
もう少し曲がるはずなのに、曲がらなくって驚く。
あれっ? 裏面に印刷された、小さなシリアル番号が読めずに驚く。

どうしたことか、と、お腹の声を無視して食べて胃薬を飲まなければならなくなり、えいっと動かしたせいで捻挫みたいな痛みが続く。
こんなはずでは……と思う。

知人の年齢を聞いて、また、「あれっ?」と思う。
いつの間に? まだ二十歳くらいだって感じがしていたのだけれど。
長い付き合いである。
だからまあ、そうだよね、そんなわけないよね。

ああ、年を取ったのだな。
実感する。

増えた「あれっ?」には、年齢という理由があった。
ステージイベントのひとつに、「あれっ?」は組み込まれていた。

そういうステージなのだ。ならばうまくやるしかない。
変わっていく自分を受け止める。受け入れて、うまくやっていく。
そういうクエストなのだ。
やがては変幻自在の技を習得できるかもしれない。

そんなことを考える。

だからどうだ、ということではないのだけれど、そんなことを記したい。
非現実的な妄想で頭をいっぱいにしたり、楽しいことを追いかけて迷子になったり、そういうことはこれからも変わらずに続けたいし、書いていきたいけれど、めんどうや重さ、煩わしさに思うことがあれば、それもまた書き留めていきたい。

前向き、ポジティブ、ユーモアに溢れ、明るく楽しく。これが好まれる文章の特徴だと言われた。人気があるんだって、わかっている。

だけど実際、毎日はそればっかりじゃないものね。
できないって落ち込むし、ネガティブになる。皮肉も言いたくなるし、モヤモヤもする。
プラス面ばかりを切り抜いて見せていくのではなく、ありのままのあれこれをホワッと受け止めて、リアルな日常に寄り添うように、私は私の人生のステージとともに、作品も重ねていきたい。

頭の中の整理の材料として。
それから、おなじようにモヤモヤしている人がいたら、参考にしてもらえる部分があるかもしれないし、なにか感じてもらえたら、と思うから。
書きたくなる、充分すぎる理由がある。

 

変わっていく自分を受け止めて、受け入れて、うまくやっていく。
年齢の数字部分に怯まずに、うまくやっていこう。
「あれっ?」と思うことに対しても、書きものについても。

 

試してみたいという欲求

 

ときどき、辛いものが食べたいと思うことがある。


といっても、辛いものは得意ではなく、ちょい辛が美味しいと思うくらいの、辛いもの好きには到底入れてもらえないくらいの嗜好しか持ち合わせていない。
それでも食べたいと思ってしまうので、市販のキムチや「旨辛」と銘打たれた、私の辛さレベルでも食べられるものを選んで食べている。

 

そんな私のために先日、旦那さまがインスタント焼きそばを買ってきてくれた。
それがなんと、「激辛」と書かれた代物。
ちなみに旦那さまは私よりも辛いものが苦手だ。私が辛さレベル3だとしたら、旦那さまはレベル1。カレー屋さんの中辛では辛すぎるレベル。ゆえに自分よりも赤々としたものを食す私のことを辛いものが平気なのだと思っている節があり、折に触れて「激辛は食べられないよ」と言ってきたのだけれど、あまり取り合ってくれない。そして今回、なぜかウキウキな様子で焼きそばを買ってきた。


むむむん、これはちょっと困ったぞ。


「辛すぎて食べられないかもしれないよ」
「激辛」の文字を指差して告げると、困ったという私の心の声も聞こえてしまったようで、旦那さまはしょんぼり。


かわいそうなことをしたかな、と思いつつも、だって激辛よ? 痛くて食べられない激辛ものに泣いた過去を思い出すと、とてもではないけれど大歓迎とはなれない。

 

でもまあ、結論から言うと、今回は大丈夫でした。
旦那さまはYouTubeをがっつり検索し、一緒に炒める具材を研究。そうして作ってくれた激辛焼きそばは、とろりんと半熟のたまごの絡まる、旨辛のレベルの焼きそばになっていました。
旨辛だったらもう、大好物。
「辛いね」「ちょっと辛いね」「でも美味しいね」呪文のようにつぶやきながら、完食いたしました。
ごちそうさまでした。美味しかった。
ちょっと厳しいこと言っちゃってごめんねの意味も込めて、作ってくれた旦那さまにお礼を言いました。

 

そうね、こういうのもだいじかもしれない。


試してみたいという欲求は、楽しく暮らすための原動力なのかもしれないな。
自分では絶対にチャレンジしないであろう激辛やきそばに、そんなことを考えたのでした。


 

 

 

 

 

 

 

どれだけ考え直せば気が済むのだノート術

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バーチカルで、バレッドジャーナルで、タイムマネジメント、タスクマネジメント。
ログをとって暮らしを管理、健康管理。
マイノートで夢を叶え、幸せ倍増。
だいじなことは一言一句逃さず記録せよ。いやいや、ポイントだけをメモするように。
とにかく考えて書くのがだいじ。いやいや、思いつきをただ書き留めておくだけでいい。
手帳は一冊にまとめよ。いやいや、書きたいときに好きな手帳を好きなだけ。

 

チェックしたノート術、読んだ手帳術の本は、今となっては思い出せないほど多数ある。
これがぜんぶ文学書だったりしたら、どれくらい心豊かになったことか。そう思うくらいにたくさん勉強したはずなのに。
どうしてまだ迷うのだろう。

 

ここのところどうもスッキリしないのは手帳遊びが滞っているからかもしれない。
創作意欲に欠けるのは、ノートで持ち上がるはずの気持ちが盛り下がっているからかもしれない。
どうすればもっと気持ちよく手帳が使えるだろう。気分を上げ、スッキリ整え、希望が増すだろう。


紙とインクの相性が悪いのかもしれない。
今の気分はこのペンの色じゃないのかもしれない。
この紙、黄色味が強くない?
ほらほらインクが裏抜けしちゃってる。
ああ、どうするべきなの? どうしよう?

 

こうしてぬかるみにはまっていく。


ものごとを重く受け止め過ぎずに、ため込みすぎずに、軽やかでいるために手帳に向かうはずなのに。

 

しっかりと翌月のフォームを準備して使う手帳に疲れをおぼえ、ラフに、気の向くままに書くようになっていた手帳の使い方がまた気に入らなくなっている。


モヤモヤしていても仕方ないから、まずなにかしよう。そう思って、以前書いていたウイークリーフォームを週末近くではあるけれど今週分から作成してみた。


うん、いいかもしれない。


どれだけ考え直せば気が済むのだろう?


行ったり来たり、堂々巡りをしているだけのような気もするけれど、何周かしたら見えるものもあるのかもしれない。


意識してポジティブに考える。

 

どれだけ考え直せば自分らしい手帳ができるのだろう?


ピシッとトーンのそろった手帳写真をインスタに並べている人は、イヤになることってないのだろうか?
ずっとおなじでつまらないと思ったりしないのだろうか?

 

そういえば、見ていてもういいやって思うことはときどきある。ピシッとだからいいとも限らないかも。


投稿にしろ、好みにしろ、ごちゃまぜな自分を恥ずかしく思うこともあるのだけれど、あれこれできることを楽しむのも悪くはない、かも。


どれだけ考え直せば「私らしさ」に行きつくのだろう?


ただ手帳が気に入らないだけで、話はどんどん飛躍する。


たかが手帳、されど手帳。いくらでも考え直そうと思う。

 

 

 

 

 

 

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ふいに現れてなんとなく居ついたねこ、しましまが、ある日たまごを抱えていた。
短編小説「ねこのたまご
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これは稲毛海岸に住む誰かさんが夢見る、些細なことについてのお話です。
稲毛海岸ドリーマーズ」

 

稲毛海岸ドリーマーズ

稲毛海岸ドリーマーズ

 

 

 
どうしてこんなに生きにくいのだろうと思う。
私は翼が、翼の代わりとなるものが欲しかった。
「翼を背に」

 

翼を背に

翼を背に

 

 

 

期間満了で契約終了。そう言えば聞こえはいいけれど、ただのクビだ。ミヤコは突然、仕事を失うことになった。
『可能性の花』

 

可能性の花

可能性の花

 

 

 

ネット検索の結果、この連絡先に辿り着いた人の九割、いや、九十五パーセントは、おなじことを言う。
「都合がいいとは、つまりそういうことなんだろう?」
都合がいいって? 都合のいい人?
変化の激しい時代に、新しい人間らしさを考える。
「ナナコ」

 

ナナコ

ナナコ

 

 

 

バイトの面接に行った。そしたらなぜか、僕は竿竹屋になっていた。
「気付いたら竿竹屋になっていた」

 

気付いたら竿竹屋になっていた

気付いたら竿竹屋になっていた

 

 

 

もしかして時間がとまってる?
さくらは時をとめているのかもしれない。たぶん……、いや、きっと。なんだか、すごいことになってきた。
よーし、時間よとまれ!
さくらは念じた。
とまれ、とまれ、とまれ。
「ストップザワールド」

 

ストップザワールド

ストップザワールド

 

 


ただ一緒に美味しいものを食べるような、ただ一緒にいい時間を過ごすような、そういう二人の、なんてことはない日のおはなし。
「八分目の距離」

 

八分目の距離

八分目の距離

 

 

 

いわゆる天国と地獄、どちらに行くことになるかを決めるため、行動や罪悪といった個人情報は常に、シンパンによって拾い集められている。今日あらたに一人、シンパンの任に就いた者がいる。
「シンパン」

 

シンパン

シンパン